宗教もいろいろ

2001年6月10日
ホールの売店にて。
また宗教団体のイベントがある。

これまで、ホールという「人が大勢集う」場所でいろんなイベントが行われ、様々な人達が「集まる」様子を見て来た。

それはコンサートだったり、
ショーだったり、
(鼠講)会社の会員の集まりだったり、
宗教団体の集まりだったり。

宗教にもいろいろある。

今日の団体は、お年寄りが多い。
7割は50歳以上だろうか。
かと思えば高校生とかもいたりする。

いつもは中で何をやっているのか分からないのだけど、今日は中の様子をテレビで撮影して、ロビーでも同時中継をしていた。

そして途中で、ある一人のおじさんが私達のところにやって来て、この宗教の内容について語っていった。

分かりやすく言うと、
日本人が海外に行って、梅干しとかごはんとか、日本食が恋しくなったりする。
これは、日本という環境の下で育ったから。
つまり「日本食が恋しい」というのは、第三者から「押し付けられた」感情らしい。

ある人の人生は、自分以外の誰かから「押し付けられた」中古品の人生である。らしい。

まぁ言ってる事は間違ってないと思う。
ジェンダー問題がもっと拡大したようなもの?かとも思う。(違っていたらスミマセン。私個人の勝手な解釈です)

そして、人がそういった「押し付け」から抜け出せた時に、真の人生が始まるそうだ。

おじさんが言うには、不登校だった子どもが学校に行けるようになったりもし、大人よりも感受性の強い子どもの方が解き放たれるのが簡単だそうだ。

確かに子どもが成長していく過程は、押し付けだらけかもしれない。
親の「こういう風に育って欲しい」という期待だったり。
学校の集団教育。「皆同じである」ことが求められる画一化な教育とかもそうかな。

私は全く宗教には興味がないし、今のところはどこかの宗教の信者になる気もない。
でも、それはその宗教を知った上で「私には必要ない」と思っているわけではない。
「食わず嫌い」。
宗教=近寄りがたい、関わりたくない・・・・これも押し付けられて感情か??

そんなことに思いを巡らせた一時でした。

でも、
睡眠という行為は、「押し付け」られた事に対して体が内部抵抗を起こしている徴なんだ。
というおじさんの言葉はよく分からなかったです。
睡眠=内部反発

分からないなぁ。

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